はじめに
医療の進歩により、これまで長期入院が必要だった重い病気や障害をもつ子どもたちが、自宅で暮らせるようになってきました。こうした子どもたちは「医療的ケア児」と呼ばれ、日常生活の中で、たとえば人工呼吸器の管理や気管吸引、経管栄養など、医療的なサポートが欠かせません。
多くの場合、これらのケアは家庭で行われており、主に保護者、特に母親が中心となって担っています。24時間体制での見守りやケアは、心身への負担が大きく、長期間にわたることで疲労やストレスが蓄積されていきます。
こうした家庭を支える仕組みとして注目されているのが「レスパイトケア(Respite care)」です。これは、医療的ケア児の家族が一時的に介護から離れ、心身を休める時間を確保するための支援制度です。本記事では、医療的ケア児とその家族の現状、レスパイトケアの役割や課題、そして今後の展望についてご紹介します。
<医療的ケア児とは>
医療的ケア児とは、自宅や地域で暮らしながら、日常的に医療的な処置や管理を必要とする子どもたちのことを指します。具体的には、気管切開後の管理や吸引、経管による栄養摂取、酸素療法、人工呼吸器の使用などが挙げられます。
厚生労働省の推計によると、医療的ケア児は年々増加しており、2022年時点で全国に約20,000人(0~19歳の在宅医療的ケア児)がいるとされています。2005年の約1万人からほぼ倍増しており、在宅で医療的ケアを受けながら暮らす子どもたちの存在が社会全体で注目されるようになってきました。
多くのケースでは、NICU(新生児集中治療室)などの医療機関での治療を経て退院し、家庭での療養生活が始まります。一方で、地域ごとの支援体制の格差や、医療・福祉サービスの不足により、必要な支援が十分に行き届いていない家庭も少なくありません。結果として、家族への負担が過重になっているのが実情です。
家族が抱える負担と課題
看護師が保護者の代わりに付き添い、安全に登校・下校できるようサポートします。
以前は保護者が毎日の送迎を担っており、 看護師の支援が入ることで、保護者の負担が軽減され、お子様も安心して登下校できる環境が整っています。
家族が抱える負担と課題
医療的ケア児とともに生活する家族は、さまざまな課題に直面しています。以下に主なものを整理します。
1. 24時間体制のケアによる心身の疲労
医療的ケアは昼夜を問わず必要であり、夜間も吸引や機器の確認が求められます。そのため、慢性的な睡眠不足や疲労が続く家庭も多く見られます。
2. 社会的孤立感
外出が制限される生活や、同じ立場の人とのつながりが得にくい環境から、孤立感を抱えるケースもあります。周囲からの理解不足がさらなるストレスにつながることもあります。
3. 経済的な負担
医療機器の維持や通院にかかる交通費、育児・介護に専念することで就労が難しくなるなど、経済的な影響も少なくありません。
4. 精神的ストレス
常に子どもの体調変化に気を配りながら生活することは、大きな精神的負担となります。将来への不安や、「十分にケアできているか」という自責の念を抱く保護者も少なくありません。
こうした負担を少しでも軽減し、家族が安心して子育てを続けられるよう支援するのが、レスパイトケアの重要な役割です。
レスパイトケアとは
レスパイトケアとは、家族が一時的に介護から離れ、休息や私的な時間を確保することを目的とした支援サービスです。医療的ケア児に対するレスパイトケアには、主に以下のような形があります。
■ 短期入所(ショートステイ)
医療的ケアに対応できる施設や病院に、数時間から数日間、子どもを預けることができる仕組みです。家族はその間、心身のリフレッシュや用事のための時間を確保できます。
■ 訪問看護・ホームヘルプサービス
看護師やヘルパーが家庭を訪問し、一定時間、子どものケアを担います。短時間でも家族が手を離せることで、大きな安心感と自由な時間が得られます。
■ 通所サービス(医療型児童発達支援・デイサービス等)
契約の変更によって、お子様やご家族が毎年新しい支援者と関係を築かねばならない現状は、大きなストレスになっています。
安心して日々を過ごせるよう、支援が長期的に継続される体制の構築が求められます。
現状の課題
レスパイトケアの必要性は広く認識されつつありますが、利用のハードルや制度的な課題も存在しています。
受け入れ施設の不足
医療的ケアに対応可能な施設が地域によって偏在しており、予約が取りにくい状況が続いています。
人材不足
医療的ケア児に対応できる看護師・介護職の人材が不足しており、訪問看護なども十分に利用できないケースがあります。
制度のわかりにくさ
医療・福祉・教育といった支援が分野ごとに分かれており、保護者が情報を集めて申請するまでに多くの労力が必要です。
心理的なハードル
「他の人に任せるのが心配」「子どもが慣れない環境で不安にならないか」といった思いから、レスパイトケアの利用をためらうご家庭もあります。
これからの支援に向けて
医療的ケア児とその家族が安心して暮らし続けるためには、社会全体の理解と支援が欠かせません。以下のような取り組みが今後ますます求められます。
レスパイトケアサービスの拡充
利用しやすく、地域に根ざしたサービス体制の整備が必要です。特に地方においては受け皿の充実が急務です。
包括的な支援体制の構築
医療・福祉・教育が連携し、家族が必要な支援をスムーズに受けられる仕組みづくりが求められます。
家族への支援強化
経済的支援だけでなく、ピアサポート(同じ立場の保護者とのつながり)、心理的ケアなど、多面的な支援が重要です。
社会全体の理解促進
医療的ケア児やその家族の存在について広く知ってもらうことが、誰もが支え合える社会づくりへの第一歩です。
おわりに
医療的ケア児とその家族は、日々の生活の中で多くの課題に向き合いながら、精一杯の努力を重ねています。そうした家庭が安心して地域で暮らし続けられるように、レスパイトケアは欠かせない仕組みの一つです。
休息は「甘え」ではなく、「よりよい暮らしを続けるために必要な力のチャージ」です。社会全体がこの視点を持ち、支援体制をさらに充実させていくことで、誰もが尊重される共生社会に一歩近づくことができるでしょう。