レスパイトケアとは何か
前回の記事「医療的ケア児と家族のためのレスパイトケア ― 安心して暮らし続けるための「休息」の仕組み ―」では、医療的ケア児とご家族の生活における「休息」の重要性についてご紹介しました。
医療の進歩により救える命が増える一方、ご自宅での医療的ケアを日常的に担う家族の負担は依然として非常に重いままです。夜間の吸引、経管栄養、気管カニューレ管理、発作対応…。時間や曜日に関係なく必要となるケアにより、睡眠不足、就労困難、精神的ストレスなどが生じやすくなります。
そこで必要となるのが レスパイトケア(Respite Care)=ご家族の休息を支える仕組み です。
レスパイトの目的は、「介護を一時的に代替すること」ではなく、ご家族が心身の健康を保ち、我が子と安心して暮らし続けるための伴走支援 にあります。
医療的ケア児が利用できる主なレスパイトケアの種類
現在利用できるレスパイトには主に以下の3つが挙げられます。
■通所支援(放課後等デイサービス / 児童発達支援)
看護師配置がある施設に時間単位で預けることができる制度です。
学校や幼稚園などの放課後に利用されるケースが多く、こども同士の交流や発達支援など「学び」の側面も持ち合わせています。
メリット
・宿泊を伴わないため比較的利用しやすい
・在宅介護を無理なく分散できる
■ショートステイ(短期入所)
宿泊を伴うレスパイトで、より長期的な休息・リフレッシュが可能になります。
ただし、医療的ケア児を受け入れられる施設は依然として不足しており、地域差が大きい課題もあります。
また、病院に短期間預ける「レスパイト入院」もありますが、こちらも小児領域では体制整備が十分ではない状況です。
メリット
・家族が睡眠や休息、まとまった時間を確保できる
・遠方の用事や通院、兄弟児との時間確保が可能
・医療的ケアに精通した職員がいる環境で過ごせる
・こども自身の「家族以外との生活経験」が育つ
■訪問看護(医療保険適用)
医療スタッフが自宅へ訪問し、看護および見守りを実施します。
自治体独自の助成を併用することで、ご家庭の負担を抑えて利用できます。
メリット
・住み慣れた自宅で安心してケアを受けられる
・短時間から利用でき、柔軟なスケジュール調整が可能
・ご家族が離れていても医療の専門職が見守り
・親の外出、家事、就労など「自立時間」の確保につながる
自治体ごとの制度差
レスパイトケアは国の制度を基盤としながらも、都道府県・市区町村が独自に事業を展開 しています。
対象者や負担額、利用時間は地域により大きく異なります。
そのため、利用を検討される方は
医療的ケア児コーディネーター / 障害福祉課 / 発達支援センター
などへお問い合わせいただくのが確実です。
東京都「重症心身障害児(者)在宅レスパイト事業」の改善
東京都では、これまで年間利用上限が 144時間(月平均12時間)と定められていました。
しかし、令和7年10月より 288時間へ倍増 されます。
つまり、月に24時間前後、週に換算すると約6時間。
平日に毎日1時間利用できる計算となり、
ご家庭の生活設計が大きく改善できる可能性を秘めています。
もちろん、この時間延長については
「まだ足りない」「これでも助かる」
という両方の声が存在します。
ですが確実に言えることは、
家族の孤立を防ぎ、在宅生活を継続しやすくする大きな前進
だということです。
今後は、他自治体へもこの改善が広く波及していくことが期待されます。
では、なぜこれほどまでにレスパイトケアが求められているのでしょうか。
医療的ケア児のご家族にとって、休息とは単なる「贅沢」ではありません。
生活を続けていくうえで不可欠な“命を守る基盤”です。
実際にお話を伺うと、
「夜間に何度も起きて吸引しているため慢性的な睡眠不足」
「外出できず社会とのつながりが薄れていく不安」
「兄弟児との時間が確保できず申し訳なさを感じる」
といった声が多く聞かれます。
レスパイトを利用することは決して“親のわがまま”ではありません。
むしろ、家族が健康であることが、こどもの安心と成長に直結します。
心と体に余裕が生まれることで、
「我が子と笑顔で向き合える時間」が増えていきます。
また、時間が延長されることで期待される変化は生活全体に広がります。
例を挙げると、
・仕事のシフトを週1日分増やせる
・兄弟児の学校行事へ参加できる
・保護者自身が病院受診やリフレッシュの時間を確保できる
・研修や学びの機会へ参加し、知識を深められる
・家族関係の余裕につながり、虐待予防にも寄与
こうした変化は、小さな一歩に見えて
在宅生活を継続できるかどうかを左右する大きな支えとなります。
一方で、レスパイトを利用することに
「申し訳ない」「自分が頑張らなくては」
とためらいを感じる方も少なくありません。
しかし、支援者側としては声を大にしてお伝えしたいことがあります。
それは、
レスパイトは“地域みんなで子育てする一つの形”であり
あなたの頑張りを責める制度ではないということ。
支えが必要なのは当たり前。
社会全体で担っていくべきものです。
そして今後、レスパイトのあり方もさらに進化していくでしょう。
オンラインでの見守り支援、訪問看護と通所を柔軟に組み合わせる支援、
学校・医療・福祉が垣根なく連携する体制…。
兄弟児支援や保護者同士のコミュニティ形成も重要なテーマです。
レスパイトケアは
「家族だけに負担が偏り続ける社会を変える取り組み」
でもあります。
どこに暮らしていても、どの家庭にも、
必要な支援が当たり前に行き届く未来を。
その実現へ向けて、行政・医療・教育・企業、そして地域住民すべてが
力を合わせていくことが求められています。
ただし…現場は人手不足が深刻
制度が改善しても、実際に支える現場が不足していれば利用が叶いません。
とくに訪問看護・ショートステイでは 慢性的な看護師不足 が深刻です。
筆者も訪問看護ステーションに勤務していた経験がありますが、
・相談は増える
・看護師は足りない
・受け入れ枠はすぐ埋まる
という限界ギリギリの運営が続いていました。
東京都でも、
・訪問看護ステーション協会との連携強化
・受け入れ可能施設の拡充
など対策が進んでいますが、まだ十分とはいえません。
私たちができること
弊社では、
・学校への医療的ケア児の看護師配置
・通学支援
などを通じて、日々医療的ケア児・ご家族と関わらせていただいています。
レスパイトの現場とは別領域ではありますが、
「地域で安心して暮らせる社会をつくる」
という目指す方向は同じです。
看護師が不足しているのであれば、
私たちもその課題解決の一端を担い、
地域全体の支え手を増やす取り組みに力を注ぎたいと考えています。
もしお困りごとやご相談がございましたら、
どうぞお気軽にお問い合わせください。
私たちは、ご家族の未来に寄り添い続けます。
おわりに
レスパイトとは、
“家族の心に休息と安心を取り戻す医療”
です。
制度が広がる一方で、支える人材・受け皿の拡充が課題として残されています。
一つひとつを確実に改善しながら、どの地域に住んでいても安心できる社会へ。
その未来を実現するため、私たちも共に歩み続けます。
