医療的ケア児への看護師派遣について

「医療的ケア児」をご存じでしょうか。2021年の9月に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(医療的ケア児支援法)」が施行されました。当時は大きな動きや取り組みもなく、私たち医療や介護に携わっている民間団体ですら、この法律の実態を知ることはありませんでした。しかし法律の施行から2年ほど経過した現在、自治体では専門の相談窓口を開設し、学校等では受け入れ態勢の拡充が進むなど医療的ケア児への支援が本格的に動き始めています。そもそも医療的ケア児とは日常的に呼吸管理や喀痰吸引、経管栄養、在宅酸素などの医療的ケアが必要な児童(18歳以上の高校生等を含む)を意味します。医療的ケア児は、全国に約2万人(推計)いるとされ、自ら歩行できる医療的ケア児から、寝たきりの重症心身障害児まで幅広く、抱える障がいや取り巻く環境はさまざまです。

この医療的ケア児支援法の目的は、「医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに、その家族の離職の防止に資し、もって安心して子どもを生み、育てることができる社会の実現に寄与することを目的とする。(一部抜粋)」となっていて、法律の名称に「家族に対する支援」という言葉が入っている通り、子どもと家族を社会全体で支援しましょうという内容になっています。では、「何を支援するんだ」という点については、私たち日本ホームナースセンターでは、「登下校時、学校内、放課後児童クラブ等での看護師による医療的ケア」と大枠(現時点では幼稚園や保育所、認定こども園への看護師の付き添や同行はご依頼がないため)で捉えています。とくに、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」の目的のひとつである「家族の離職の防止」については、発想や考え方は「離職の防止」ではなく「就職できるように、働けるように」という気もしますが、要するに「家族の負担を減らしましょう」ということだと思います。また、家族だけでなく、児童本人にとっても、家でも通学でも学校でもいつも家族と一緒というより、将来自立した生活を送るうえでも、家族以外の社会資源を活用するという経験は、教育という点においても大切なのではないかと思います。
さて、障害児の学びの場は、大きく分けて「特別支援学校」「特別支援学級」「通級による指導」があります。例えば特別支援学級に通う小学生で、一人で通学できない児童であれば、児童の家族も登校班に付き添ったり、単独で登校したり、少し離れた学校であれば家族が自転車や車で送迎し、学校の門や教室で児童を先生に引き渡します。小学校や中学校は比較的、自宅の近くにあるケースが多いですが、特別支援学校(幼稚部、小学部、中学部、高等部)となると、全国でも約1,000校程度しかないので、自宅から30分、1時間と離れた場所になることも多くあります。そのために特別支援学校ではスクールバスが運行されており、各ルートで設定された停車ポイントまで家族が送迎し、介助員・添乗員が乗降の介助や見守りを行いながら児童が安全に登下校できるような仕組みがあります。しかし、障害児の家族にとっては有難い特別支援学校のスクールバスですが、医療的ケアが必要な子どもがいる家族にとって共通の問題として、「乗りたくても乗れない」という現実があります。その理由は、スクールバスには医療行為を行える医師や看護師が同乗していなく、同乗しているのは介助員・添乗員であって、資格がなくても行える「介助や介護」だけしかできないということです。例えば、気管切開をしている場合、通学時間は15分だとして、「うちの子どもは多くても1時間に1度程度の吸引だから家出る前に吸引するから、15分は全く問題ない!」と思っていても、「渋滞があったら、他の生徒とのトラブルがあったら、カニューレが抜去したら、」と不安要素を抱える中、安全に確実に安心して送り届けたいという学校側の想いもあり、残念ながら医療的ケアが必要な子どもは、スクールバスに乗ることができないのが現状です。

となると、どうなるか。父親なのか母親なのか、近所に住むおじいちゃん、おばあちゃんなのか、いずれにしても「家族が送迎」するしかありません。前述の通り、小学校なら家から近いから、職場に相談してて出勤時間やシフトを調整して30分、1時間と少しずらせば仕事に間に合うかもしれませんが、車で片道15 ~30分に渋滞も加味して、さらには特別支援学校の敷地内もスクールバスや他の保護者の送迎等で渋滞や待機と時間がかかるうえに、担任の先生も他の生徒の受け入れで忙しくてスムーズに引き渡せない、引き渡すにしても、家での様子(体調、食事、排せつなども)を伝え、こうなると1、2時間かかってしまいます。さらには、登校したからには授業が終われば子どもは家に帰ってきます。今は放課後等デイサービスもだいぶ増えてはきましたが、医療的ケアが必要な子どもを受け入れる放デイが少なく、複数の放デイを利用したり、時には家族が下校のお迎えをしたり、通院や装具の調整、山のような手続きと山のような調整、相談、連絡、連絡帳書いたりと、通常の子育てや家事の他にやることがたくさんあります。やはり現実は医療的ケアが必要な子どもがいる家族のお母さんはこれまで通り30分1時間かけて通勤して、8時間働いて帰宅してというのがどうしても難しくなってきてしまいます。また、遠足、運動会、修学旅行など、行事のたびに家族の出番となります。

この記事の筆者である私(社会福祉士、精神保健福祉士)は、大学生のときに筋ジストロフィーで気管切開による吸引、食事やトイレの介助が必要な友人がいました。もう20年以上前のことですが、大学生の頃に大学近くの友達の家に泊まる感覚と全く同じノリで、その友達の家に入り浸っていました。自営業のお父さんとお母さん、お兄ちゃんがいましたが、まるで下宿先なのか、家族のような感じで、美味しいご飯を頂き、ビールは飲み放題。友達との風呂や食事、トイレ、寝返り、吸引をしたりが日常にあり、車椅子のまま乗車できるリフター付の車で一緒に大学に行ったりと、当時は介助や介護なんて考えたこともなく、ただ仲の良い友達と過ごしただけという濃い大学生生活を送っていました。だから、働き者の家族をずっと見ていました。決して暗いとか辛いという感じではなく、いつも明るく楽しい家族でしたが、家族の生活の中心は全て筋ジストロフィーの友人でした。夜中の吸引や寝返りをさせる等、まとまって睡眠時間をとることも難しく、今思えば家族の負担は相当に大きいものだったと思います。だからこそ医療的ケアが必要な児童はもちろんのこと、「家族に対する支援」、社会で支えるという仕組みや制度、行政や学校・地域の協力や理解も大切なのではないかと思います。

長くなりましたが、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」は、児童と家族を支援しようという趣旨のものです。基本理念には、「医療的ケア児及びその家族に対する支援は、医療的ケア児の日常生活及び社会生活を社会全体で支えることを旨として行われなければならない。(一部抜粋)」と定められています。また、国や地方公共団体の責務(責任と義務)として、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に係る施策を実施する責務」と定められています。また、相談体制の整備も同法律には定められており、「医療、保健、福祉、教育、労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体相互の緊密な連携の下に必要な相談体制の整備を行うものとする。(一部抜粋)となっています。「医療的ケア児等」の支援を総合調整する「医療的ケア児等コーディネーター」が所属する児童発達支援センター、基幹相談支援センター、行政窓口、相談支援事業所もありますので、相談したい方はお住まいの地域で探してみてください。

私たち日本ホームナースセンターでは、現在医療的ケア児の支援も行っています。私たち自身も試行錯誤をしながらご家族の理解や協力のもと、また地方公共団体とも連携していますが、制度そのものはようやくスタートラインにたったという程度のものです。ようやく通学の支援が週5で始まり児童や家族、学校、日本ホームナースセンターの看護師もリズムが作れてきた矢先に、今度は予算の関係で看護師が付き添える日数が減ってしまったという現状にも直面しています。誰を責めてもしかたないのですが、国や地方公共団体も、初めての取り組みであり、予算のこと、制度のことなどたくさんの課題もありますが、この「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が施行され、ようやく動き出したことを前向きにとらえ、法律の目的の通り、「医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに、その家族の離職の防止に資し、もって安心して子どもを生み、育てることができる社会の実現に寄与すること」が実現できるように、私たち日本ホームナースセンターも体制の拡充が図られるように一生懸命、児童と家族を支えられるようにしたいと思います。

<参考>
医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」|厚生労働省

※医療的ケア児の「児」は、児童をさしていますが、この児童は法律によってその定義は異なり例えば児童福祉法、児童手当法、児童虐待防止法では18歳未満を児童と定義していますが、母子及び父子並びに寡婦福祉法では20歳未満と定義しています。この医療的ケア児の場合は、18歳以上の高校生等を含み児童と定義しています。

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